elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年3月27日に閉店しました。以降、農作業に励みながら銀座の思い出と日常をつづっています。

失ったもの

 数日前、取引先だった酒屋の担当者から電話をもらいました。

 仕事が暇でしょうがないのだそうです。
 
 それはそうと思います。
 彼の働いている酒屋は銀座一帯のバーやクラブなどに酒を卸しているので、これらの業種がきびしい今、注文が少ないのは当たり前です。

「ママはいい時にやめましたよ。銀座なんて誰も歩いてないし、時短要請が始まったらもうおしまいですよ」

 この秋に子供が生まれる彼は転職も考えているそうです。

 彼が口にした、

『ママはいい時にやめましたよ』というこの言葉、何人にも言われました。

 カラオケ屋さんにも税理士にもビルの管理会社にもです。

 日に日に新型コロナの感染者が増え、先が見えない今を思えばそれはグッドタイミングだったと自分でも思います。

 しかしながら手放しで喜んではいません。

 引き換えに大事なものを失ったからです。

 それは銀座における二人の『ママ友』です。

 閉店を決めた時、この二人の友人に、

「一緒にやめない?」

 と持ちかけました。

 この頃、ニュースにこそなりませんでしたが銀座でもホステスや黒服のコロナ感染者が相次いでいて、夜の街には激震が走っていました。

 怖さを説く私に、ママの一人は、

「借金があるからやめられない」と言い、
 もう一人のママは、

「三人で共同でやろうよ」

 と提案して来ました。

 ルームシェアならぬテナントシェアをしようと言うのです。

 長い時間をかけて話し合いましたが、結果は決裂で終わりました。

 私は、

『友人二人を置き去りにしていち早く銀座を去る裏切り者』になってしまいました。

 あれから二人と連絡が取れていません。

 何度か電話しましたが出てくれず、LINEを送っても既読になるものの返事はくれません。

 二人とも怒っているのでしょう。

 昨日、白内障のある母を連れて眼科医に行きました。

 f:id:ElderlyMom:20200806111137j:plain手術に備えてあれこれ検査をしたのですが、説明や手続きも長引いて正直疲れてしまいました。

 介護タクシーで帰ったのですが、道中ふと、

「将来、私が白内障になった時は誰が連れて来てくれるんだろう? 手術の段取りは誰がしてくれるんだろう?」

 と考えてしまいました。

 息子がいますが、どこまで頼れるかわかりません。

 二人のママ友とは30年来の長い付き合いで、何でも言い合える間柄でした。

 しょっちゅう一緒に飲み、

「将来は同じ老人ホームに入ろう」

 と約束もしていました。

 気が弱っていたのだと思いますが、介護タクシーの中で彼女たちのことも思い出されて、あやうく泣きそうになってしまいました。

 

 

三浦春馬さんのご冥福をお祈りします。

 銀座の夜や高級クラブを専門チャンネルにしているYouTuberの『てっちゃん』がこのところ三浦春馬さんのニュースばかりを配信しています。

 カメラの前で一人で話すだけの動画ですが、その数ざっと30本ほどで、急逝されてから10日が過ぎた今日もUPしていました。

 てっちゃんが三浦春馬さんを投稿したきっかけは、

 かつての会社の先輩がたまたま三浦春馬さんと同郷だったかららしいのですが、興味を持って調べていく内にすっかりファンになり、抱えていた闇をあばいてあげたいとまで思うようになったそうです。

 一昨日、てっちゃんは三浦春馬さんの死因をあれこれ分析しながら、

「どんな最期を選ぼうとそれは個人の自由だ」

 と、自殺で逝かれた三浦春馬さんを擁護していました。
 
 銀座にいた頃、灯油をかぶって自殺したママがいました。

 店内で首をつったママもいました。

 私は自殺を考えたことがないので死に急ぐひとの気持ちがわかりません。

 ただ『命』がもったいないと思うだけです。

 この世には生きたくても生きられないひとが大勢います。

 私の回りにもいました。

 歌舞伎の海老蔵さんは、春馬さんを悼んで、

「言葉がない、」と投稿し、《世の中どうなってる、》とつづっていました。

 この海老蔵さんの奥さんの小林麻央さんも若くして旅立たれました。

 幼い二人の子供さんを残して、どれほど無念だったか…、何のゆかりもない私でさえ泣かされましたf:id:ElderlyMom:20200729091359j:plain

 三浦春馬さんの逝去に、師弟関係にあった佐藤浩市さんがコメントを出されていました。

「一番悔やんでいるのは春馬 お前自身の筈だ。俺たちはお前を反面教師にして絶対に自死を選んではいけないと叫んでいく」

 三浦春馬さん、この世で30年お疲れさまでした。

 てっちゃんのユーチューブを見るまでほとんどあなたを知りませんでしたが、真面目で繊細、誰からも好かれるステキな俳優さんだったのですね。

 ご冥福を心よりお祈りいたします。


 

老親を泣かせてしまいました😢💧

 93歳にもなる母親を泣かせてしまいました。

 一週間が過ぎた今も後味が悪く、引きずっています。

 原因は不用意な私の物言いでした。

「ねぇ、おかあさん。もしもだけど私がおかあさんの面倒をみれなくなったらどうする? 施設に入る? それとも『和雄』に来てもらう?」

 何の悪気もなく発した言葉でしたが、これが母親の琴線に引っ掛かってしまったのでした。

 負けん気の強い母は、

「あんたの好きにしたらいいじゃないの! あんたの人生なんだから!」

 言い返してこそ来ましたが、その目元は真っ赤に充血してポロポロと涙を落としていました。

「誤解よ、おかあさん! そういう意味で言ったんじゃないから!」

 説明してもなだめてもしばらくは泣き止んでくれませんでした。
 
 この時母は、私が母を置いて家を出て行ってしまうと勘違いしたのでした。

 見捨てられると思ったそうです。

 先月、私は持病の貧血を再発させて丸一日半動けずにいました。

 ヘルパーさんに来てもらって母の世話は頼めたのですが、この時にあれこれと考えさせられました。

 周囲からみれば我が家は『老老介護』です。

 娘の私が先に逝かないとも限りません。

 そうなったら母はどうなるのでしょう?

 前述の『和雄』というのは、この10年来音信不通になっている私の兄です。

 このままにしておいていいわけもなく、こうしたことも含めて、母の気持ちを聞いておきたいと思ったのですが、言葉足らずの大失敗でした。
 
 母を泣かせたのはこれで二度目です。

 以前読んだ、リリー・フランキーさんの『東京タワー』に、

「母親を泣かすのはこの世で一番いけないことです」

 と書かれてありました。

 当時、一人息子にも読ませて、

「わかった? 母親を泣かせたらダメなのよ!」

 脅して、

「わかってるよ。そんなことする筈ないじゃないか」

 約束させたものでしたが、その私がまたも親を泣かせてしまいました。

 大好きなお酒もやめて、ショックな言動は命取りになると心して、そうして臨んだ介護だったのに…。

 あの時の母の顔には、不安も恐怖も失望もありました。

 あれから意識して、
 
「私はどこにも行かないからね。追い出されたって行くとこがないんだから」

 同じ言葉を何度も繰り返しています。

 一日も早く母に安心感を取り戻させたいからです。

 

 

 

 


 

ふつうのおばさん

 店をやめたら大好きな韓流ドラマをとことん見ようと思っていたのですが、あにはからんやユーチューブにはまってしまいました。

 これまでほとんど見ることのなかったユーチューブですが、見始めたらこれが楽しいの何の、宝物を見つけた気分です。

 半月ほど前、おもしろいチャンネルに出くわしました。

 夜の銀座の今を、それも高級クラブに特化して発信しているチャンネルです

『てっちゃん』と言う、昔から銀座で遊ばれていた中年男性が配信しているのですが、黒服が立て続けにコロナ感染したとか、有名ママのSNSは嘘ばっかりとか、歯に衣着せぬ物言いなのでエンターテイメントとして楽しめます。

 水商売のみならず、一般人のチャンネル登録も多いようです。

 一週間前、彼は、 

『銀座のママたちはなぜ店をやめないの?!』

 といったテーマを配信していました。

 銀座はもう終わっているのに、やるだけ赤字なのに、フェイスシールドを着けたり、アクリル板を設置してまでやる意味があるの?! 

 といったことを意固地なまでに店をやめようとしないママ連中に投げかけたのです。

 そして彼は、ママたちが店をやめないその理由を、

「普通のおばさんになるのが怖いからだ」

 と一刀両断していました。

 赤字だろうがなんだろうが、銀座で店さえ続けていれば周囲はチヤホヤしてくれるし、従業員だって命令に従ってくれる。

 少ないながらやって来る客もゼロではない。

 しかし、店をやめたらそれらの全部が消えてなくなる。

 それが彼女たちは怖いのだ。

 てっちゃんはこのように分析していました。


 銀座を去ってまもなく4ヶ月になります。

 今の私は、結い上げるために切りたくても切れなかった長い髪をショートにして、化粧もしません。

 農作業で日焼けしても気にならないし、身なりも特にはかまいません。

「少し前まで銀座でママをしていたのよ」

 と言ったところで誰も信じないでしょう。

 どこから見てもふつうのおばさんだからです。

 でも幸せに、おだやかに暮らせているおばさんです。

 さざ波の立たない今の暮らしをこわさないように大事にしています。

 このYouTuberのてっちゃんが、

「何でもいいので、質問やご意見をお寄せ下さい」

 と最後に必ず言います。

 昨日、

「元銀座のママです。ふつうのおばさんも悪くないですよ」

 とコメントを書いて投稿しようと思いましたが、やっぱりやめました。

 閉店する前、仲良しのママに、

「一緒にやめようよ! コロナが怖くないの!?f:id:ElderlyMom:20200716095014j:plain

 真剣に提言したところ、

「よけいなお世話よ! あんたと私は違うのよ!」

 般若のような顔で怒鳴られたのを思い出したからです。

 



 



 



 

母親の募金

f:id:ElderlyMom:20200712055817j:plain このところ、母はテレビの前に釘付けになっていました。

 九州各地に端を発した記録的大雨の被害中継から目が離せないでいたのです。

白内障が進むわよ」

 注意しても聞き入れてくれません。

 おとついの朝、食事の支度をしていると、

「通帳を持って来て」

 と突然言われました。

「どうするの?」

 不思議に思って訊ねると、映し出されている自衛隊の救助シーンを指差して、

「被災地に寄付するのよ」

 と言いました。

「ええっ?!」

 我が耳を疑ってしまいました。

 この母はこれまでの長い人生でただの一度も災害地に寄付をしたことがないのです。

「大変ね」
「気の毒ね」

 と同情は寄せながらも、

「支援は国の仕事よ」
「寄付はお金持ちがすればいいのよ」

 あれこれ言ってお金を出すようなことはしませんでした。

 

 昨年の9月9日、母は今住んでいるこの地で、私と共に猛烈な台風に遭いました。

 屋根のブルーシートで有名になった『台風15号』です。
 
 思い返しても怖くなりますが、あの時のすさまじい強風は、ゆりかごのように家屋をゆらゆらと揺らすので生きた心地がしませんでした。

 真夜中だったので恐怖感はより一層で、避難所に避難しなかったことを何度も後悔しました。

「早く過ぎてくれますように!」

 と祈る私の手を握りしめながら母はずうっとべそをかいていました。

 夜が明けて外に出てみると、玄関横の板壁が一面剥がされていました。

 近所に目をやると、屋根の瓦は飛び散って、アンテナはくねり、玄関戸は傾いていました。

 水道管がやられたのか、噴水があがっている家もありました。

 停電のみならず、携帯も使えなければ電車やバスも動かずで、まさにライフラインのストップでした。

 コンビニはあっという間に棚が空っぽになりました。

 台風の爪痕は年が変わった今も残されて、ブルーシートがかかったままの家が点在しています。

 この台風を体験して母は人生観が変わったようでした。

 繰り返しますが、義援金を送るなどあり得なかったことなのです。

 母は今、娘の私と一緒で幸せなのだと思います。

 それもあって被災地に思いが馳せたのでしょう。

 動機はどうあれほめてあげたい気持ちになりました。

「おかあさん、えらいね」

 よしよしと93歳の頭をぽんぽんすると母はまんざらでもない笑みを浮かべました。

 病気も災害も出来るなら避けたいものですが、得るものもあるようでした。

 
 


 

 

 

 

持病

 持病を抱えている人は多いと思いますが、私も先週末、持病の『めまい症』に悩まされていました。

 何の前触れもなく突然周囲がぐるぐる回り出す病気なので、立っていられなくなります。

 今回は強い吐き気と頭痛も伴ってしまいました。

 治療は頭を動かさず安静にしているしかないので回復するまでの丸一日ベッドに釘付けになっていました。

 仰向けで天井を眺めていると、当時パニック障害で苦しんでいた亜矢ちゃんという女性が思い出されました。

 二十才くらいでしたが、接客中に突然手が震え出したり、今の私のようにめまいも起こすのでよく更衣室で休んでいました。

 昼間の仕事も難しくなって仙台に帰りましたが、あの頃辛かっただろうなと今改めて思いが至ります。

 元気にしているといいのですが…。

 バセドウ病の女性もいました。

 子供の頃からの持病なので慣れていると言ってましたが、それでも薬は欠かさず服用していました。

 この4月まで東京でお隣同士だった奥さんのことも考えていました。

 私がめまい症を発病したのは二年前の夏の朝でしたが、その時パニック状態におちいってしまったので、この奥さんに電話で助けを求めました。

 お互い居住が長かったので懇意にしていたのですが、奥さんはすぐに駆けつけてくれて、

熱中症かしらね?」

 心配して救急車を呼んでくれました。

 病院にも付き添ってくれ、検査にも立ち合ってもらいました。

 8時間もの長時間お世話になったのですが、ありがたくて、申し訳なくて、言葉もありませんでした。

 この奥さんは同年代ですが、六年前から『人工透析』のため通院しています。

 週に3日で、一回の治療に4、5時間を要すそうですが、終わるとぐったりしてとても気分が悪くなるそうです。  

 去年は心臓の手術も繰り返して、ふくよかだった体型は、痩せて半分になってしまいました。

 少しでも力になりたくて、

「買い物や用事があったら遠慮なく言ってね」

 と伝えてはいたのですが、

「その時はお願いするわ」

 と言いながら一度も頼まれたことがありません。

 部屋を引き払う日、

「5月になったら収穫した玉ねぎを送るから食べてね。玉ねぎは血液をさらさらにするそうだから」

 約束して、ひと月後に送りました。

 ですが、音沙汰がありません。

 彼女の性格なら、

「届いたわ。ありがとう」

 と電話がありそうなものなのですが何かあったのでしょうか?

 お別れに行った時、足元に毛布を掛けてテレビの前に横たわっていました。

 顔色が悪く、話すのも辛そうでした。

 旦那さんと二人で暮らしていますが、旦那さんは家のことは何もされないそうです。

 一度、電話をしてみましたが誰も出ませんでした。
 
 体調を崩して、入院などしていなきゃいいのですが…。

 とても心配です。


 

 

 

 

聖職

 写真は、けさの収穫野菜です。

 つるなしインゲンがたくさん穫れました。

 少し前収穫したにんにくと赤玉ねぎも加えてみました。

 初めての農業ですが、母親に聞いたり、ユーチューブで勉強したり、何とか続けています。 

 作業を終えて、部屋に戻るとM子からLINEが届いていました。

 閉店する時、

「やめないでくださいよぉ~😭💦💦」

 と大泣きしていた女性です。

 店をやめてからもLINEをくれるのはありがたいのですが、相変わらず時間の節操がありません。

 今は朝の5時です。

 今まで飲んでいたのでしょうか?

 M子は関西出身の28才です。

 タレントの足立梨花に似ていて、顔立ちも可愛いし愛嬌もあるのですが、性格にやや難があります。

 空気が読めず、がさつなのです。

 ずぼらと言ってもいいかもしれません。

 例えばですが、客席での居眠りはしょっちゅうで、注意すると、

「O型は睡眠不足に弱いんですよぉ」

 ヘラヘラ笑って悪びれません。

 自分でシフトを組みながら出勤日は間違えるし、無断欠勤もたまにありました。

 更衣室にぶらさがっている他の女性のドレスも勝手に着るし、お酒が入ると、

「○○子ちゃん、本当は彼氏がいるのよぉ。一緒に暮らしてるのよぉ💓」

 口も軽くなf:id:ElderlyMom:20200624072842j:plainるので時に女性たちに煙たがられていました。

 当店には三年ほどいてくれたでしょうか、その間振り回されましたが、それでも辞めて欲しいと思ったことは一度もありませんでした。

 理由はただ一つで、彼女が昼間介護施設で働いていたからです。

 介護福祉士の資格は持っておらず、パートタイムだそうですが施設には毎日通っていました。

 今も続けています。

 私は何故か昔から、介護士や看護士、保育士といった仕事に弱く、こうした仕事に就いている女性が面接に来ると即決で採用してしまいます。

 閉店する時、当店には看護士も保育士もいました。

 話を聞くと、彼女たちのお給料は決して良くはなく、仕事の内容からしたらとてもとても報われないものです。

 M子は、老人の下の世話もすれば、入れ歯も洗ってあげると言っていました。

 仕事とはいえ、感心します。

 私は、彼女たちの仕事は「聖職」だと思っています。

 仮に、使命感といったようなものを持ち合わせていなくても、親に言われてしぶしぶやっているとしても人の役に立って、感謝されていることに違いはありません。

 そうした彼女たちを尊敬しているし、誇りにも思っています。

 私は子供の頃、

「看護婦になりたい」

 と言ってたそうです。

 小学校の文集にもそう書いてありました。

 何を間違ったか、人生の大半を水商売に費やしてしまいました。

 それはそれで後悔したりはしませんが、もし生まれ変われるのでしたら、今度は誰かの役に立てる「聖職」につきたいと思っています。

 いや、必ずそうします。