elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年3月27日に閉店しました。以降、農作業に励みながら銀座の思い出と日常をつづっています。

捨てられない着物があります。

 今日は着物の虫干しをしようと思っていたのですが、あいにくの雨で出来ません。

 店では毎日着物なのでいつの間にか枚数が増えて、虫干しもひと苦労です。

 知り合いのママが店を畳む時に、
「残ったのは着物だけだわ」
 と嘆いていたのが思い出されます。

 最近は虫干しをする度に、着なくなったものを処分するようにしているのですが、どうしても捨てられない一枚があります。

 見るからに安っぽい亀甲柄の小紋で袖を通したのはあとにも先にも一度だけです。

 初めて勤めたクラブで、『和服の日』なるものがあって、着て行かないとペナルティでその日の報酬が貰えないというので、慌てて上野のアメ横に買いに行きました。

 仕立て上がりの中古で、一万円もしなかったと思います。
 
 美容室で着付けてもらうと高いので、自己流で何とか着て出勤したのですが、客席でオーナーママにケチョンケチョンにやっつけられてしまいました。

「こういう店では小紋はダメなの。小紋はどんなに高くても普段着扱いの着物だからね」
小紋にそんな袋帯は変でしょう? 絞りの帯揚げもチグハグだし」

 お客様が気の毒がって、
「似合ってるんだからいいじゃないか」
 助け船を出してくれるも、
「そもそもが九月に袷なんて、ルール違反もいいとこよ。聞いたことがないわ」
 攻撃は止みませんでした。

 更衣室で泣いていると店長が入って来て、
「おまえ、オーナーに嫌われているんだよ」
 と言われました。
 それは言われずとも知っていました。
 
 26才で、困窮して足を踏み入れた水商売の世界でしたが、最初からイヤでイヤでたまりませんでした。

 売り上げを伸ばすために飲めないウイスキーを飲まされたり、えげつない会話に作り笑顔で乗じたり…。

 ひざに手を置かれたり、背中に腕を回された時はぞわっとして身の毛がよだちました。

「OLの半分の時間で、倍以上の給料貰ってんだから少しは我慢しろよ。水商売のいいとこ取りするんじゃないよ」
 店長にはしょっちゅう叱られていました。

 そうした私の、水商売を嫌悪した不遜な態度が、「女帝」と呼ばれていたオーナーママに伝わらない筈がありません。

 あの時私は仕返しをされたのだと思っています。
 
 今思えば私は、何と傲慢で生意気だったことでしょう。

 苦い思い出しかない着物ですが、だからこそ捨てられません。

 あの屈辱の日を忘れないためにいつまでもタンスの底に眠らせておきます。