elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年3月27日に閉店しました。以降、農作業に励みながら銀座の思い出と日常をつづっています。

苦い悔恨

f:id:ElderlyMom:20200226103127j:plain 10年も昔の話になりますが、7丁目の角に、高級時計で知られたピアジェのビルがありました。

 今は子供服の店に変わっていますが、当時、閉店後のこのビルの前をねぐらにしていたホームレスがいました。

 小柄で痩せ細り、目だけはギョロリと鋭く、山奥に住む仙人を思わせる風貌でした。

 年齢は50才から60才くらいだったでしょうか?
 
 いつも足元に野良猫が絡み付いていたので、私たちは『猫のおじさん』と呼んでいました。

 いつからだったのか、何がきっかけだったのかよく覚えていないのですが、ともかくこのおじさんに、お客様の期限の切れたウイスキーや、頂き物の菓子などを運ぶようになりました。

 猫にエサをあげていたので、その足しにと、現金の時もありました。

 渡すのは当時いたチーフや女性たちで、私は表に出ませんでした。

 ですがその内にはおじさんの知るところとなったようで、彼は私を見かけると軽く頭を振ったり、ひげだらけの顔をほころばせて謝意を示すようになりました。

 ある時、どこぞの店のオープンで飾られた花を抜いて来たものと思われますが、顔が隠れるほどの大量の花を抱えておじさんが店に入って来ました。

 驚きましたが、戸口のソファー席にいたお客さんたちもざわめいて、

「何だ、今のは?」
「ホームレスじゃないか?」

 しょうがないので、ざっくりと事情を説明しました。

 すると、

「いい加減な気分でやってるんだったら今のうちにやめた方がいいぞ。向こうは期待してるぞ」
 だの、
「その内、つきまとわれるぞ」
 だのと口々に、真顔で言われて怖くなってしまいました。

 翌日から通勤経路だったピアジェの前を避けて通るようにしました。

 図らずも会ってしまった時は視線を逸らして無視しました。

 当たり前ですがおじさんは、急に態度を変えた私に戸惑っているようでした。

 ですが、その内には私の心の狭さやズルさを見抜いてくれたようで、バッティングしてもニコリともしなくなりました。

 それからほどなくして見かけなくなったので、知り合いのポーターさんに訊ねたら、

「追い出されたんだよ。あのホームレスのせいで野良猫が増えて町内会が困ってたから」
 と教えてくれました。

 私の胸には泥水のようなものが残ってしまいました。

 勝手に始めて勝手に終わらせたこの中途半端な偽善はおじさんを傷つけた筈です。

 スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんが何かの番組で、ホームレスには霊格の高い人が多いと話されていました。

 何を見ていたのか、コンクリートの冷たい地面に座り込んで星もない夜空を見上げていたおじさんの姿が今も消えません。