elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年3月27日に閉店しました。以降、農作業と母親の介護に励みながら銀座の思い出と日常をつづっています。

バブルがちょっとだけ恋しいです。

 バブルが始まったのは当店がオープンした翌年からでした。

 当時銀座の活況は半端なく、どの通りも飲み歩く人であふれ返っていました。

 友人や親戚には、

「儲かっていいわね」

「あやかりたいもんだわ」
 
 ことあるごとに羨まれましたがでも実際はそんなこともありませんでした。

 当店は15人も入ればいっぱいになってしまう狭さでしたし、お客様もまた今と変わらずサラリーマンばかりだったので、知り合いのママたちのように、

「土地転がしの客が来て、300万も使ってもらったわよ」
 
 だの、

「初めてなのに、チップ50万も置いてったわよ」
 
 などの恩恵に預かることはまずありませんでした。
 
 売り上げこそ今と比べたら当然ありましたが、ホステスは今の倍以上いましたし、男性スタッフも数人いたのでとかくかかる経費が大変でした。

 プライベートでは、原因のわからない首の痛みに悩まされたり、スタッフとの衝突で神経をやられたり、自宅に空き巣に入られたりもしました。

 人に言えない苦い過去を作ってしまったのもこの頃で、思えばバブル期にいいことなど何もありませんでした。

 だからこそ、政府がバブルを終わらせても残念に思うことはありませんでしたし、タレントの平野ノラさんがテレビでバブル時代をおもしろおかしく再現していても冷ややかに見ているだけでした。

 先週の3月3日、この日は当店の34周年だったのですが、コロナウイルスの影響もあってお客様がゼロでした。

 仕方なく店を出て目の前の通りを眺めていたのですが、客足があまりにまばらで、閑散としてさみしく、この時だけはバブル時代を思い出してしまいました。

 あの頃、この通りは人であふれていた…。

 あの頃は、何の努力をしなくてもお客が来てくれた…。
 
 あの頃は、終電に駆け込まなくてもタクシーチケットがもらえた…。

 あの頃は……あの頃は…。

 初めてバブルが恋しく思えました。