elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年4月3日に閉店しました。以降、地方に暮らしながら農作業と母親の介護に励んでいます。

バブルがちょっとだけ恋しいです。

 当店がオープンしたのは、西暦ですと1986年、和暦ですと昭和61年です。

 バブルはこの翌年から始まりました。

 当時の活況は半端なく、どの通りも飲み歩く人、人、人であふれ返っていました。

 友人や親戚には、

「儲かっていいわね」

「あやかりたいもんだわ」
 
 ねたまれたものです。

 ですが、当店に限って言えばそんなに羨ましがられるほどではありませんでした。

 店は20人も入ればいっぱいになってしまう狭さでしたし、お客様もまた今と変わらずサラリーマンばかりでしたから、知り合いのママたちのように、

「土地転がしの客が来て、300万も使ってくれたわ」
 
 だの、

「チップを50万も置いてったわ」
 
 などのバブル恩恵に預かることはありませんでした。
 
 売り上げこそありましたが、それでもホステスは今の倍以上の15人ほど、男性スタッフも3人いたので人件費が大変でした。

 プライベートでは、原因のわからない首の痛みに悩まされたり、スタッフとの衝突で胃や神経をやられたり、自宅に空き巣に入られたりとさんざんでした。

 人に言えない苦い過去を作ってしまったのもこの頃で、振り返ればバブル期にいいことなど何もありませんでした。

 だからこそ、バブルが崩壊しても残念に思うことはありませんでしたし、その後タレントの平野ノラさんがテレビでバブル時代をおもしろおかしく再現していても冷ややかにしか見れませんでした。

 先週の3月3日、この日は当店の34周年だったのですが、新型コロナウイルスの影響もあってお客様がゼロでした。

 仕方なく店を出て通りを眺めていたら、客足があまりにもまばらで、この時だけはバブル時代を思い出してしまいました。

 あの頃、この通りは人であふれていた…。

 あの頃は、何の努力をしなくてもお客さんが来てくれた…。

 あの頃は……あの頃は…。

 初めてバブルが恋しく思えました。