elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年3月27日に閉店しました。以降、農作業と母親の介護に励みながら銀座の思い出と日常をつづっています。

あの頃の若かった記者たちへ。

 銀座はマスメディアの街とも呼ばれて、地方の放送局、テレビ局、新聞社などの東京支社が点在しています。

 当店もこうした会社にお世話になりました。

 中でも地方紙の若い記者たちにはひんぱんにいらしていただきました。

 それまで知らなかったのですが、彼ら地方紙の記者同士は非常に仲が良く、例えば北海道紙と中部紙が飲んでいるところに四国紙と沖縄紙が交ざるといったような光景はよく見られました。

 彼らは最低でも3、4人、多ければ10人単位の団体でやって来るのですが、社用費や交際費が使えないのでいつも自腹で飲んでいました。
 
 おかげでしょっちゅう値切られました。

 持ってきて、一旦座ったらなかなか帰らないので営業妨害になることもたびたびでした。

 腹立だしく思いながらそれでも彼らを拒めなかったのは、彼らがわが息子と同世代だったことと、彼らの仕事への使命感や情熱といったものに動かされていたからです。

 飲みながら仕事の話になるのはしょっちゅうで、

「俺が書いたから福祉が動いたんだ」
 
 だの、

「一石を投じたつもりが非難ざんまいでf:id:ElderlyMom:20200421090044j:plain終わってしまったよ」
 
 だの、

「子供の頃から追いかけたやつがオリンピック選手に選ばれた!」
 
 だのの喜びもあって、共有させてもらいました。

 彼らはまた年々減少する新聞の発行部数や、経営の脆弱化にも危機を強めていました。

 実際、廃刊に追い込まれたり、倒産する会社が相次いでいたからです。

 今、テレビでは毎日のように地方知事や自治体が新型コロナウイルスの会見を開いています。

 その会場に見知った記者がいないかつい探してしまう自分がいます。

 あの頃、何かと言えば、

「先行投資して下さいよ。偉くなったら恩返ししますから」
 
 と頭を下げられました。

 当店はcloseしたし、もう彼ら記者たちと顔を合わせることはなさそうです。

 こうなったら今出来ることで彼らに恩返しをしてもらいたい。

 幸いにも彼ら記者たちはペンという強い武器を持っています。

 そのペンで国民に正確なニュースを伝え、希望も伝えて、身動きが出来ないでいる私たちを救ってもらいたい。

 お願いしましたよ!