elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年3月27日に閉店しました。以降、農作業と母親の介護に励みながら銀座の思い出と日常をつづっています。

『三つ子の魂百まで』

 一つ年上の兄がいますが、この兄をねたみそねみながら子供時代を過ごして来ました。

 理由は、母親が私の何倍も兄を可愛がったからです。

 我が家には物心ついた時から父親f:id:ElderlyMom:20200611094558j:plainがいませんでした。

 ですから母の愛情は絶対で、その母の愛情を独り占めにしていた兄は私の敵でした。

 大人になって、兄が、

「おまえの店に飲みに行ってもいいか?」

 と電話をして来た時、

「公私混同したくないし、スタッフの手前もあるから」

 と断りました。

 その後に言ってきた時も、

「会員制にしたから」

 と断りました。

 私なりの兄への復讐でした。

 しかしながら兄は可愛がられて育った側なので、私に対して負の感情は持っておらず、

「そうか。それじゃあしかたがないな」

 と、おうように受けとめていました。

 その兄が、ある時、

「組織は合わない」

 と言い出してそれまで勤めていた会社を辞めました。

 しばらくのプータロー生活の後、タクシー運転手に転じ、次は『パチプロ』でした。

 何をやろうと本人の勝手ですが、その内母に金銭の無心をするようになりました。

 何度か続いた後、煮えを切らした母が、

「いい加減にしなさい! 奥さんもいるのに!」

 とお金を渡さなくなると兄はキレて母親と縁を切ってしまいました。

 何でも自分の言うことをきいてくれた味方そのものの母に「NO」を突きつけられて裏切られた感がいや増したのでしょう。

 以来音信不通で、十年にわたっています。

 時おり母に、

「カズオ(兄の名前)に会いたい? 連絡取ってみようか?」

 訊ねるのですが、

「別に会いたくないよ」

 と返事はいつも同じです。

 私に遠慮しているのがありありです。

 喧嘩別れしたとはいえ、あれほど溺愛した息子に会いたくないわけがありません。

 夕方になると母は窓辺に腰かけてぼおっと畑を眺めます。

 その視線の先に兄がいるのが私には見えます。

 母は93歳です。

 衰えが目立ち、記憶障害も出て来ました。

 ここで私がすべきは兄に会わせるための尽力でしょう。

 よくわかっています。

 母親に、この世に未練を残させたくありませんから。

 ですが、

 マンガ本も洋服も兄のお下がりばかりで、お菓子さえも数が足りなければ兄のものだった子供時代を思い出すとあの頃の悔しさや怒りがむくむくとわきあがって来てくじけてしまうのです。

 今、兄に言えるものなら言いたいことは山ほどあります。

 あんなに可愛がられたくせに…。
 母親の宝物だったくせに…。
 
 何やってんのよ!
 この親不孝者!
 親が生きてるうちに会いに来なさいよ!