このところ、母はテレビの前に釘付けです。
九州各地に端を発した記録的大雨の被害中継から目が離せないでいるのです。
「白内障が進むわよ」
注意しても聞き入れてくれません。
おとついの朝、食事の支度をしていると、
「通帳を持って来て」
と突然言われました。
「どうするの?」
不思議に思って訊ねると、テレビに映し出されている自衛隊の救助シーンを指差して、
「被災地に寄付するのよ」
と言いました。
「ええっ?!」
我が耳を疑ってしまいました。
この母はこれまでの長い人生でただの一度も寄付をしたことがないのです。
「大変ね」
「気の毒ね」
と同情は寄せても、
「支援は国の仕事よ」
「寄付はお金持ちがすればいいのよ」
あれこれ言ってお金を出すことはしませんでした。
昨年の9月9日、母と私は今住んでいるこの地で猛烈な台風に遭いました。
屋根のブルーシートで有名になった『台風15号』です。
思い返しても怖くなりますが、あの時のすさまじい強風は、ゆりかごのように家屋を揺らして生きた心地がしませんでした。
真夜中だったので恐怖感はより一層で、避難しなかったことを何度も後悔しました。
「早く過ぎてくれますように!」
ベッドに並んで横たわりながらお互いの手を握りあっていました。
夜が明けて外に出てみると、玄関横の板壁が剥がされていました。
近所に目をやると、屋根の瓦が飛ばされたり、アンテナがくねったり、玄関戸が傾いていました。
水道管がやられたのか、噴水があがっている家もありました。
停電のせいで携帯も使えず、電車やバスも動かず、まさにライフラインのストップでした。
台風の爪痕は年が変わった今も残されていて、ブルーシートがかかったままの家が点在しています。
この台風を体験して母は人生観が変わったようでした。
娘の私と一緒で幸せなのもあり、被災地に思いが馳せたのだと思います。
動機はどうあれほめてあげたい気持ちになりました。
「おかあさん、えらいね」
よしよしと93歳の頭をぽんぽんすると母はまんざらでもない笑みを浮かべました。