elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年3月27日に閉店しました。以降、農作業に励みながら銀座の思い出と日常をつづっています。

母親の募金

f:id:ElderlyMom:20200712055817j:plain このところ、母はテレビの前に釘付けになっていました。

 九州各地に端を発した記録的大雨の被害中継から目が離せないでいたのです。

白内障が進むわよ」

 注意しても聞き入れてくれません。

 おとついの朝、食事の支度をしていると、

「通帳を持って来て」

 と突然言われました。

「どうするの?」

 不思議に思って訊ねると、映し出されている自衛隊の救助シーンを指差して、

「被災地に寄付するのよ」

 と言いました。

「ええっ?!」

 我が耳を疑ってしまいました。

 この母はこれまでの長い人生でただの一度も災害地に寄付をしたことがないのです。

「大変ね」
「気の毒ね」

 と同情は寄せながらも、

「支援は国の仕事よ」
「寄付はお金持ちがすればいいのよ」

 あれこれ言ってお金を出すようなことはしませんでした。

 

 昨年の9月9日、母は今住んでいるこの地で、私と共に猛烈な台風に遭いました。

 屋根のブルーシートで有名になった『台風15号』です。
 
 思い返しても怖くなりますが、あの時のすさまじい強風は、ゆりかごのように家屋をゆらゆらと揺らすので生きた心地がしませんでした。

 真夜中だったので恐怖感はより一層で、避難所に避難しなかったことを何度も後悔しました。

「早く過ぎてくれますように!」

 と祈る私の手を握りしめながら母はずうっとべそをかいていました。

 夜が明けて外に出てみると、玄関横の板壁が一面剥がされていました。

 近所に目をやると、屋根の瓦は飛び散って、アンテナはくねり、玄関戸は傾いていました。

 水道管がやられたのか、噴水があがっている家もありました。

 停電のみならず、携帯も使えなければ電車やバスも動かずで、まさにライフラインのストップでした。

 コンビニはあっという間に棚が空っぽになりました。

 台風の爪痕は年が変わった今も残されて、ブルーシートがかかったままの家が点在しています。

 この台風を体験して母は人生観が変わったようでした。

 繰り返しますが、義援金を送るなどあり得なかったことなのです。

 母は今、娘の私と一緒で幸せなのだと思います。

 それもあって被災地に思いが馳せたのでしょう。

 動機はどうあれほめてあげたい気持ちになりました。

「おかあさん、えらいね」

 よしよしと93歳の頭をぽんぽんすると母はまんざらでもない笑みを浮かべました。

 病気も災害も出来るなら避けたいものですが、得るものもあるようでした。